気さくで明るいツアーガイドのモハメッド・アリと優しく紳士なドライバーさんのおかげで楽しく快適な1日がスタート✨
シャンルウルファの街を抜けて一番初めにこの旅の最大の目的地「ギョベクリテペ」へ🤩
この日は朝から晴天✨
各地の美しい景色で旅を充実させるために雨上がりのイスタンブールも、雪のカッパドキアもそしてこの日の晴れ渡るシャンルウルファもすべて計算された神の恩寵なのだと実感できる1日✨だって、遮るものがない丘の上の遺跡を歩くのに雨とか雪では大変だもんね!
ギョベクリテペ遺跡は発見されて間もない。私が知ったのも数年前のやりすぎ都市伝説!(関連;追加情報 トルコ⑦🇹🇷 )
でもそれがどこにあるのか?完全に抜け落ちていて昨年11月にトルコに行くにあたりでトルコにあるということを知ったのだ。
ここ数年、私はなぜかイスラム圏の方々と多く知り合った。トルコ、イラン、エジプト、シンガポールなど…そしてその文化に興味を持った。
同時に10年ほど前にギルガメッシュ叙事詩などのシュメール文明について神様から調べさせられた過去も思い出した。(日本の天皇家にも関連など)文明は同時多発的に現れて栄える!!だいぶ前からこの周辺への布石が敷かれていたと思える今。
ギョベクリテペというのはトルコ語で「太鼓腹の丘」という意味だ。モハメッドは自分のお腹もギョベクリテペになってきたと笑った😆
私もよと言って運転手さんも一緒に笑った。
その昔、氷河期が終わり、それでもまだ一帯が氷で覆われていた時、この丘には緑の草が生え始めた。それを求めて草食動物がやってきた。それを追って肉食動物もやってきた。人間もやってきた。そうやってここに文明が起こりこの世界最古の宗教施設が建設されたのだという。
私が「イラン国境にあるアララト山はノアの方舟伝説の舞台でしょ?まさにノアの方舟から出てきた動物たちが南下してこの辺りに来たのでは?」というとモハメッドは「僕もまさにそうだと思っている!そういう意味でも世界最古である整合性がとれるんだよ。」と破顔した。
つまりは創世記にまで遡る大発見なのだ。
メソポタミア文明発祥のユーフラテス川が青々と流れていて感動した。
ユーフラテス川とチグリス川の合流地点で世界最古と言われてきたメソポタミア文明は発展したがギョベクリテペはさらにその7000年前に遡る。
人が住んだ形跡はギョベクリテペにはない。周辺には12個のテペ=丘があり、昨年2024年11月にはカラハンテペで人骨が発見された。
この巨大遺跡群は未だ全体の10%しか発掘が進んでおらずこれからどんどん新発見がされていく土地である。
よって、トルコ政府もここは一大観光地になると見込んで財を投じて歩きやすいように整備したり、施設内に電気自動車を走らせたり、近隣の博物館などを立派に建て直したりしている。今回も私は何も調べず前情報なしで行ったが、なによりここシャンルウルファは預言者アブラハムの聖地だったのだ。トルコ中の、いや世界のムスリムがわざわざ巡礼に来る聖地だったのだ。ラマダンの期間はさらに人が集まり祈るのだという。
ギョベクリテペのモニュメントは想像以上に巨大だった。高さ5メートル、重さは10トンという。
巨石にはフラミンゴ、ヒョウ、鶴、雄牛、キツネなどの多様な動物が刻み込まれている。
鳥葬を表している模様もあった。ここは宗教施設であり捧げられた生贄を鳥葬にして天とつながるということをしていたのではないかと言われている。
当時の人間がどのようにしてこの一枚岩の巨石を運び、建てたのか?
支えもないのに火山国であり地震も多いこの地でどうやって立っていたのか?
そもそもここは何のために建てられたのか?そしてどうして埋められて放棄されたのか?
がワールドワンダーなのである。
トルコは4000M級の山々がそびえ立つ火山国だ。よって地震も多い。
シュメール→スメル→天皇(すめらみこと)という観点からも、地震が多いにも関わらず優れた建築技術で支えもないのに建っている寺社仏閣など日本と共通点が多いと思う。また、発見された彫像にはモアイ像との共通点も見られるらしい。
古代の人々は瞬時に情報のやり取りができており、国や区別の概念もなく地球と宇宙が一体となった「一つ」という概念だったのではないだろうか?
ギョベクリテペの頂上に祈りの木がある。
古代より周辺の人々の信仰の拠り所となった木である。
ガイドのモハメッドも昔から人々はここに来て、家内安全や安産を祈ったりする大切な場所だったと言っていた。
アメリカの考古学者がソナーで何かがある!と発見したが中断。数年後にドイツ人考古学者が何かがあるとしたらこの祈りの木の近くにあるに違いないと再調査。発見されたのがギョベクリテペ遺跡なのだ。
この木の周辺の雰囲気が沖縄の御嶽にそっくりだった。神聖な空気が広がる丘の頂上。
2年後くらいにまたここに来たいと思った。