今日は3月11日。
日本にとって忘れることのできない日だ。
私は今、カンボジアという国のことを思い出している。
日本とカンボジアは
悲しみを経験した人々の静かな強さという共通点で、どこかつながっているのかもしれない。
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アンコール遺跡は広大で、
もっとたくさん見て、もっと深く知りたいと思った。

私が一目惚れしたデヴァター
1日目は、ガイドブックで一目惚れしたデヴァター(女神)を探すために自分でアンコール・トムのバイヨン寺院を回った。
地元のガイドさんで時間がありそうな人が声をかけてくれて、一緒に探してくれたり、
ローカルの人たちも「それならあの辺にあるかも」と教えてくれたりした。
静かで、謙虚で、親切。
カンボジアの人たちの温かさに、初日から触れた🪷
2日目は朝5時にホテルを出発して、アンコールワットの日の出を見に行った。
まだ暗い中、懐中電灯で足元を照らしながら進む。
中央の回廊に入った瞬間、
突如、現れたヴィシュヌ神像。
その姿を見た瞬間、私は魂が震える衝撃とともに涙が溢れた。
「あぁ、このためにここに来たのだ。」

そうはっきりわかった瞬間だった。
アンコールワットの元の名は
ボロン・ビシュヌローカ
―ヴィシュヌの世界―
つまり、この寺院はヴィシュヌ神に捧げられた寺院なのである。
この日は「カンボジア日本語ガイドチーム」に案内をお願いした。
ソトンさんというガイドさんが、流暢な日本語で説明してくれた。
前日に訪れたアンコール国立博物館もそうだったが、アンコールワットには
ビシュヌ
クベーラ
ナーガ
スルヤ
シヴァ
ブラフマー
ドゥルガー
などの神々
そして乳海攪拌など、ヒンズー教の宇宙観や神話、
さらに当時の王国の生活や歴史が壮大に描かれている。
もし私が、もう少し前にここを訪れていて、ヒンズー教の知識がなかったなら、
きっと
「へぇー、すごい!」
という視覚的な感動だけで終わっていたと思う。
少しでも知識を持っている今だからこそ、
ガイドさんの説明や、壁画や神像が何を表しているのかが理解できる。
つくづく思う。
神様から指定される旅には
「意味」があり、
そして「時機と器」が整った時に運ばれるのだと。
私が行きたいと思う国と、神が指定する国は、いつもまったく違う。
だから毎回「え?ここ?」という驚きがある。
正直、今回の韓国もベトナムもカンボジアも
私自身は特に興味があったわけではない。
(直近では中国やウズベキスタンもそうだった。)
でも、カンボジアといえば、子供の頃の記憶がある。
私が幼い頃、カンボジアでは
ポルポト派政権による知識人への大量虐殺が行われていた。
連日のようにニュースで報道され、
ドキュメンタリー番組も放送されていた。
子供心に
「これは同じ地球上で、今まさに起きていることなのだ」
という強烈な衝撃を受けた。
そして、ちゃんと見なくてはいけないという衝動に駆られ、
私はテレビに齧りつくようにして見ていた。
積み上げられた人骨の塔。
それを見たとき、私は
「これは現代のアウシュビッツなのだ」 と思ったのを今でも覚えている。
実際、ポルポト政権による大量虐殺では、約170万〜200万人、
当時の国民の4人に1人が命を落としたと言われている。
だから、私にとってカンボジアは長い間
「近代に起きた大量虐殺の悲しみの国」 という印象だった。
しかし実際に行ってみると、
土地はのんびりとしていて
食べ物はとても美味しく
人々は穏やかで優しい
とても素敵な国だった。
アンコールの遺跡群を見ても、
神像の顔が削られていたり
炭のようなもので塗りつぶされていたり
破壊されている部分が多く残っている。
それは1000年の歴史の中で
隣国タイからの攻撃
内戦
王朝交代による宗教の変更により前の王の遺物が破壊された痕跡なのだという。
数ヶ月前にも隣国タイとの国境衝突が起き、
国境にある世界遺産プレアヴィヒア寺院が破壊された。
私はその話と、子供の頃に報道で見ていたポルポト政権の大量虐殺の話をした。
するとガイドのソトンさんは、カンボジアの歴史と現在の状況について語ってくれた。
そして、自分が何度も案内して愛してきた国境の遺跡がドローンミサイルによって、
粉々を通り越してただの砂のように破壊されてしまったと涙していた。
カンボジアは歴史を振り返っても何度も破壊されてきた国なのだと思う。
土地が売りに出ていても現地の人はほとんど買わないのだという。
「僕たちは不確かなものにお金を使いたくありません。
なぜなら、いつ何が起きるかわからない国だからです。
近い将来、戦争や内戦によってその土地が無価値になるかもしれない。
それならば、自分の命と生活を守るためにお金を少しでも貯めたほうがいいと考えるのがカンボジア人なのです。
僕たちは自分たちの国を「鹿の国」だと思っています。
ベトナムというワニとタイという虎に挟まれて、いつも食われようとしている鹿なのです。
鹿は草食動物です。他の動物を襲いません。
ただ、2国に常に挟まれながらも自分たちの生活を送っているだけなのです。」
カンボジアの人々の謙虚さ。
静かに差し出される優しさ
それは、破壊され尽くした国で悲しみを知りながらも、懸命に生きてきた人々の強さと温かさなのだと思った。



















