「本当に申し訳なく思っている」
この言葉はその人の慎み深さ、相手に対する思いやり、
自分に対するやるせなさ、相手への感謝を内包している言葉だ。
自分ができない、役に立っていない。
それをカバーしてくれる相手がいることに対して使われることが多い。
さわやかな「申し訳なさ」と
攻撃的な「申し訳なさ」があるとしよう笑
前者は心からの感謝と次に何かあったらその時は自分も役に立ちたいというポジティブさを含んでいる。
では後者はどうか?
こちらは当初は自分に対する情けなさから出たとしても、そのうちに自分を犠牲者と思い込む罠がある。
相手に負担をかける自分。でもそれを責められたり、態度に出されたりして傷ついた自分。
「できない自分も悪いけども、相手の態度がもっと違うものだったら私も頑張れたかもしれない」という
相手への責めが含まれている。
往々にして自己無価値感や自己否定は、波動となって表れる。
責められて落ち込み続けると、すべてにおいて懐疑的になる。
何気ない会話も責められているように感じる。
自分の居場所はもうここにはないように感じる。
それらは波動となって表面化するため、人間関係はギクシャクする。
相手側はしごく真っ当なことをサラッと悪気なく言ったつもりが
受け取り手の自己肯定感が低いと「攻撃」と解釈され、落胆され、まるで指導した側の人間が悪いかのような構図を作る。
当の本人は「自分の至らなさが申し訳ない」と思っているだけで、実際はどちらも悪くない。
しかし、その感情を本人が抱え続け、周囲が必要以上に気を遣い始めると、
いつしか相手が悪者であるかのような構図が生まれてしまう。
そうなったら人間関係はギクシャクする。
「申し訳ない」と感じること自体は悪くない。けれど、その感情を抱え続けることで、
知らず知らずのうちに相手を悪者にする構図を生んでいないか、一度立ち止まって見つめてみてほしい。
反省癖は一見、謙虚で良い人間のように感じるが、果たしてそうだろうか?
前向きな謙虚さと、周りを悪者にする犠牲者マインドに基づく謙虚さではもたらされる結果は大きく違ってくる。
その申し訳なさが、相手の立ち位置を悪くしていないか否か、一度、点検したほうがいい。
人生の大まかなできごとは魂の目的と使命の達成のためにあらかじめ決まっている。
が、そこでどう反応するかの「Reaction=反応」は個々に委ねられている。
リアクション=Reactionは Re Actionだ。
人生に起こる出来事は、
「この出来事に対して、あなたはどう反応し、どう行動しますか?」
という問いでもある。
そして、その問いには、もう一度行動を選び直すチャンスが用意されている。
人生は出来事によって決まるのではない。
その出来事に、どんなReactionを選ぶかで未来が変わっていく。
Reactionとは、Re Action。
もう一度、自分の意志で行動を選び直すという、天から与えられた恵みなのである。
犠牲者マインドを抱えている人はどこに行っても、誰と会っても、遅かれ早かれトラブルに遭いやすい。
繰り返すチャレンジは人生において本人が乗り越えるべき課題を示している。


















