最近、相次いで愚痴を聞いた。
「こんなことを言われた、ひどい!」
内容は違えど同じ感情と同じ言葉を持っている。
「そんなことを言われた自分はどうなのですか?
そんな扱いをされることをこれからもずっと自分に許可し続けるんですか?」
と問いかけると一様に鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする😆
そう、すべては「意識」が事象を作っている。
「私は人に恵まれるんです。どこに行っても本当に人からよくしていただいて〜」
「私は本当に夫から大切にされていて、夫がお金も十分に稼いでくれているので私は本当に恵まれています」
このセリフも対面セッションでよく聞く言葉だ💛
前者が生きている現実と後者が生きている現実はあまりにも違うし、その波動はお顔にも出る!!
前者のお顔は「困り顔」だったり「不満顔」だったり「不安顔」だったりする。
対して後者のお顔は「優しく優美なお顔」とでもいうか、大切にされている小鳥のような軽やかな波動や輝く笑顔の人が多い。
「40過ぎたら自分の顔に責任を持て!」という言葉は概ね正しいと思う。
私も日頃からセッションで言っているが「波動は顔つきに表れる」からだ。
自分の自分自身に対する扱いは他者からの扱いに現れる。
自分を卑下している人は人から軽く下に扱われる。
先ほどの後者の方々は「自分にも価値があり他人にも価値がある」と認めている人が多い。
そして、自分自身も他者からそのように扱われるという特徴がある。
また、後者は「人生に積極性がある」場合が多い。
「良いものを取り入れたい」「自分の人生をさらに向上させたい」という願望があり、イキイキしている。
対して前者は「人生を人任せにする傾向」にある場合が多い。
あの人がこう言ったから
言える雰囲気じゃなかった
興味はあるけど勇気がない
そんなのに行っていいんだろうか?
↑ そう言っていたのに突然、突飛な行動をして失敗するのも前者の共通点のように思う
(行動ではなく、物にはお金をかける傾向もあり)😂
そして「価格が安いかどうか」で判断するのも前者に多い。
つまりは「自分が手の届く範囲」に収まろうとする。
「自分はこのくらいで十分」「私にはこれくらいが身の丈」と、自ら小さな枠の中に収まろうとする。
そして、うまく行っている人、輝いている人は「自分とは違う世界の人」と交流を避ける傾向にもある。
私は常日頃「小さくおさまるな!」と神様から言われる。
本来、魂というものは自由で制限がなく闊達なものである。
それを小さく小さく無難に制限しているのも「自分」なのである。
そこに気づいて制限を外すか否か。
他人や状況に任せて自分の可能性を潰し続けていくのか?
それもまた「自分」なのである。
人生は誰かの許可制ではない。
「こう生きていい」と自分に許可を出せるのも、
「どうせ無理」と制限をかけるのも、
すべては自分自身なのである🕊️
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